1. インピンジメント症候群とは
「インピンジメント」とは、「衝突」や「挟み込み」を意味します。
肩関節は、上腕骨頭(二の腕の骨の丸い先端)と、肩甲骨の一部である肩峰(けんぽう:肩の最上部にある骨の出っ張り)から構成されています。この2つの骨の間には、「肩峰下腔(けんぽくかくう)」と呼ばれる狭いスペースがあり、重要な組織が走行しています。
圧迫される主な組織:
- 腱板(けんばん): 肩を安定させ、動かす役割を持つ4つの筋肉(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)の腱の集合体。
- 肩峰下滑液包(けんぽうか かつえきほう): 腱板がスムーズに動くためのクッション・潤滑油の役割を果たす袋。
腕を上げる動作をすると、これらの軟部組織が肩峰と上腕骨頭の間に挟み込まれ、慢性的な刺激や炎症が生じます。これが痛みの根本的な原因になります。
2. 主な症状と特徴
特徴的なのは、痛みの出る角度(ペインフル・アーク・サイン)です。
- ペインフルアークサイン(有痛弧徴候): 腕を真横からゆっくり上げていく際、60度から120度の間で最も強い痛みや引っかかりを感じます。この角度を超えて完全に挙げきると痛みが軽減することが多いです。
- 結帯・結髪動作 困難: 背中に手を回す動作(結帯動作)や、頭の後ろで髪をセットする動作(結髪動作)が困難になります。
- 夜間痛: 就寝時に肩を下にして寝ると痛みが増強し、睡眠が妨げられることがあります。
3. 原因の種類(内的要因・外的要因)
原因は多岐にわたりますが、主に以下の要因が複合的に関与します。
A. 外的要因(構造的・解剖学的要因)
- 肩峰の形状: 生まれつき肩峰の形が尖っていたり、下方に湾曲していたりする「フック型」の場合、腱板との隙間が狭くなり、挟み込みが起きやすくなります。
- 骨棘(こつきょく)の形成: 加齢や使い過ぎにより、肩峰の下に骨のトゲ(骨棘)ができると、物理的にスペースが狭まります。
- 靭帯の肥厚: 肩峰烏口靭帯(けんぽううこうじんたい)が厚くなることでも、同様にスペースが狭まります。
B. 内的要因(機能的要因)
- 姿勢不良: 猫背などの不良姿勢は、肩甲骨の位置を変化させ、肩峰下腔を相対的に狭くします。
- 筋力・柔軟性の低下: 肩関節周囲の筋肉(特に腱板筋)の筋力不足や、後方関節包の柔軟性低下は、腕を上げたときに上腕骨頭が正常な位置に収まらず、上方にずれてしまう原因となります。
- スポーツ動作: 野球の投球動作、水泳、テニス、バレーボールなど、腕を繰り返し上げるオーバーヘッドスポーツは発症リスクを高めます。
4.なりやすい人の特徴
肩インピンジメント症候群は、肩の構造的な特徴、生活習慣、職業、スポーツの種類など、さまざまな要因によって発症リスクが高まります。以下に、なりやすい人の特徴をまとめました。
1. スポーツをする人(オーバーヘッドスポーツ)
腕を頭上に挙げる動作を頻繁に行うスポーツ選手は、肩への負担が大きく、発症しやすい傾向にあります。
- 野球: 特にピッチャーの投球動作
- バレーボール: スパイクやサーブの動作
- 水泳: クロールやバタフライなどのストローク動作
- テニス: サーブやスマッシュなどの動作
2. 特定の職業に 従事する人
仕事で日常的に腕を頭より高く挙げる動作や、肩に負担がかかる作業を繰り返す方もリスクが高まります。
- 塗装業、内装業、大工: 高い場所での作業が多い
- 引っ越し業者: 重い荷物を運ぶことが多い
- 美容師: 長時間腕を上げて作業する
3. 姿勢が悪い人・デスクワークが多い人
姿勢の悪さは、肩甲骨や肩関節の動きに悪影響を及ぼし、インピンジメント症候群の原因となります。
- 猫背の人: 猫背の姿勢は肩甲骨の位置を変化させ、肩峰の下のスペースを狭くします。
- 長時間のデスクワークやスマートフォン操作をする人: 前かがみの姿勢が続くことで、首や肩周りの筋肉が緊張し、間接的に肩の動きを悪くします。
4. 加齢に伴う変化がある人
年齢を重ねるにつれて、肩の組織には変化が生じやすくなります。
- 40歳以上の方: 加齢により腱板の柔軟性が低下したり、骨棘(こつきょく:骨のトゲ)ができやすくなったりします。
- 肩峰の形が生まれつき湾曲している人: 解剖学的に肩峰下腔(けんぽうかくう)が狭い場合、組織が挟まれやすくなります。
5. 筋力や柔軟性のバランスが悪い人
肩周りの筋力や柔軟性の低下も、発症の大きな要因です。
- インナーマッスル(腱板筋)が弱い人: 肩関節を安定させる筋肉が弱いと、腕を動かしたときに上腕骨頭が正常な位置からずれやすくなります。
- 肩甲骨周りの筋肉が硬い人: 肩甲骨の動きが悪いと、腕のスムーズな挙上を妨げます。
徒手検査(スペシャルテスト)
A. ニーアテスト
- 方法: 術者が患者様の肩甲骨を固定しながら、腕を内側に捻った(内旋させた)状態で、頭上に向けて強制的に挙上(持ち上げる)させます。
- 陽性: 痛みが生じた場合、肩峰と上腕骨頭の間で腱板(特に棘上筋腱)が挟み込まれている可能性が高いと判断されます。
B. ホーキンズ・ケネディテスト
- 方法: 患者様の肩と肘を90度に曲げた状態(前方に突き出した状態)で、術者が腕を内側に捻る(内旋させる)力を加えます。
- 陽性: 痛みが生じた場合、烏口肩峰靭帯の下で腱板が圧迫されている可能性が示唆されます。
C. ペインフルアークサイン(有痛弧徴候)
- 方法: 患者様自身に、腕を横からゆっくりと真上に挙げてもらいます。
- 陽性: 腕を上げる角度が60度から120度の間で強い痛みを感じ、それより上(120度以上)では痛みが軽減する場合、インピンジメント症候群や腱板の炎症が強く疑われます。
5.当院での治療法
ステップ1:急性期の対応(痛みの緩和)
痛みが強く出ている時期には、まず炎症を抑え、痛みを和らげることを優先します。
- 安静指導: 痛みを悪化させる動作や姿勢を特定し、日常生活での注意点をご案内します。
- 冷却(アイシング): 患部の炎症を抑えるためにアイシングを行います。
- 物理療法: 電気治療(ハイボルテージ治療)や超音波治療器などを用いて、痛みの軽減を図ります。
- 軽めの手技(マッサージ): 痛みのない範囲で周囲の筋肉の緊張を緩和させます。
ステップ2:機能回復期の施術(動作改善と筋力強化)
痛みが落ち着いてきたら、肩関節の本来の動きを取り戻し、再発しにくい身体づくりを目指します。
- 手技療法(筋肉・関節調整): 肩甲骨や背骨周りを含めた肩関節周囲の筋肉のバランスを整え、硬くなった組織をほぐします。これにより、肩峰(けんぽう)と腱板の衝突を防ぎます。
- 運動療法・リハビリ指導:
- ストレッチ: 硬くなりがちな筋肉(胸筋、広背筋など)の柔軟性を向上させます。
- 筋力トレーニング: 肩関節を安定させるために重要な「回旋筋腱板(ローテーターカフ)」や肩甲骨周りの筋肉のトレーニング方法を指導します。
ステップ3:再発予防・メンテナンス
症状が改善した後も、良い状態を維持し、痛みが戻らないようにサポートします。
